ルテリカ王国物語第三章 変化と成長の兆し◆7

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小さな風が吹く。
ケビンが手元に出していたロウソクの火が、ふっと消えた。
「わりと風の精霊との親和性もあるね」
ケビンの手元の紙に視線を落とす。火、水にバツ印、土に三角と書かれたとなりにある風に丸印をつけた。ちなみに光には二重丸が書いてある。
「そうね。なんだかとても扱いやすい感じがする。他の属性に比べて」
先ほどロウソクの火を消したのは自然に吹いた風ではなく、カタリナが魔法で起こしたものだった。初歩の初歩、ただ単に風を起こすだけの魔法。
「でもこれ、使いみちあるのかしら……」
「うーん、まあ普通はないだろうね。でも、風は音にも影響する。遠くの音を拾ったり、あるいは遠くに届けたい声を拡声することもできるから、風属性も使いこなせるようになっておいて損はないよ」
カタリナは真剣な眼差しでふむふむ、といったように頷いた。本当に講義を受けている生徒のようである。
あらゆる武術、戦術、学術においてもそうだが、無理に短所を埋めようとするより長所を伸ばしたほうが効率がいい。今後は元から得意な光属性とともに風属性と、ついでに本能的に防御に選んでいた土属性を中心に据えて鍛えていけばカタリナの魔女としての実力も高まる。
「そろそろ日が昇るし、一旦戻らない?」
ケビンの講義を一通り聞いた彼女は糸の切れた操り人形のようにぐったりとして、土の地べたにも構わず横になってしまった。
しかし今のカタリナに、普段から身にまとっているような覇気のなさや気だるさは微塵もなかった。心の中に充実感が満ちあふれていて、体さえついてきてくれればなんでもできそうな気分だ。
「じゃあ最後に一つ。空を見て。あそこにひときわ輝いてる星があるよね? 何か知ってる?」
「ああ、ルキフェルってやつね」
ケビンが指差す東の空には、少しずつ明るくなっていっているのにも関わらず、空の色に埋もれないほどに輝きを放つ星があった。俗に言う明けの明星。ルテリカでは〝光をもたらす者〟という意味を持つルキフェルの名で親しまれている。
「おー、よく知ってるね」
「ば、馬鹿にしないでよね! 子どもでも知ってることよ」
カタリナは顔を赤くして飛び起き、そのまま立ち上がった。
カタリナの知識は偏っている。ケビンにはまだ彼女が何を知っていて何を知らないのかまったく検討がつかなかった。この偏りが、世間知らずの印象に拍車をかけているようにも感じる。
「カタリナさん。今からあの星をここに落としてみてよ。魔法で」
「……それ、マジで言ってる?」
ケビンの無茶苦茶な要求に、カタリナは額に深いシワを寄せ、眉を強くひそめた。
カタリナはケビンが何を言ってるのかわからない。しかし、ケビンの至って真面目な表情に変化はなく、それがカタリナは言いようのない不安に変わって、心を支配していく。
「半分マジ」
「は!? できるわけないでしょうが!! ケビン、あんた何いってんの!」
「あはは、できちゃったら困るよ。最後に、絶対にできないことを魔法でやろうとして、想像力を鍛えてもらおうと思って」
「な、なるほど……」
完全に納得したわけではなさそうだったが、とりあえず彼の意図がわかって言いようのない不安はカタリナから取り除かれた。
魔法の力の源は想像力。確かにありえないことを想像してみるのは、いい鍛錬になりそうではある。
「なんか呪文を唱えてみると訓練としても効果が高いよ」
わかった、と頷き、カタリナは最後の特訓を開始した。みなぎる集中力が、今までぐったりしていたのが嘘のように、身体の疲れを吹き飛ばす。
「〝大地の精霊を従えし大いなる存在よ、星の鉄槌、唸り来たりて大地を砕く、破滅をもたらす厄災となりて……〟」
カタリナはイメージする。遠く離れた暗闇で強い光を放つ塊が、自分たちのいる場所に向かってくる映像を、鮮明に。やがてその塊は空から町に落ち、大地をめくり上げていく厄災となり……。
「物騒な呪文だ」
「ケビンがやれっつったんでしょうが!!」
「いや、それにしても危なそうだなあって」
「あなたは星が落ちてきて破滅をイメージしないっていうの!?」
しばらく二人はボケツッコミを交わしたあとすっかり疲れ切ってしまった。やがて少し休憩してフェリクスと合流することにし、荒野をあとにした。