ルテリカ王国物語第三章 変化と成長の兆し◆8

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その頃フェリクスは、魔法の訓練をしているケビンとカタリナのほうに人が行かないようにしっかり見張りをしていた。
夜の見張り自体には慣れているものの、今回はさほど緊迫感のない見張りである。昨日の野宿のようないつ兵士や獣に襲われるかわからない状況でもない。
だが、ケビンの正体がリーゼロッテだということが白日の下にさらされるのは、フェリクスたちも困る。数日の間同行していた者として、面倒ごとに巻き込まれるのは容易に想像できた。
しかし――。
「面倒ごとねえ……今更か」
フェリクスだって、一生国に忠誠を誓い、軍医で居続けようとすればできた。従軍していれば給金はいいし、その上で税金もある程度減免されるものがあって至れり尽くせりだ。
しかし軍人として王国に従うということは、あの公爵の配下になることを意味する。自分が、カタリナを今の境遇に追いやった彼に尻尾を振る犬に成り下がるのは、フェリクス自身が許せなかった。
仕事に私情は挟んではいけない。とくに軍という国の要である組織の一員でありながら、カタリナのことと自分の気持ちを優先した彼は、軍人失格だ。
どうせ、軍医を辞めたときに来るところまで来てしまった。なら、今後も行くところまで行くまでだ。カタリナに最期まで付いていくし、彼女が立ち止まっていたら引っ張っていく。今更自分の気持ちを変えようとは思わない。
「好きなんだろうなあ……あんな女でも結局」
夜の闇にすっかり慣れた視界で町外れの荒野を見据えて、静かにひとりごちる。魔法の訓練を力を注ぐ彼女を想像し、ふと笑みがこぼれた。
同時に洞窟で彼女が土魔法を使ったときのことを思い出す。きっとあれはカタリナにとって初めての治癒以外の魔法だ。
カタリナは面倒くさがり屋だがやるときはやる努力家だ。やる気を引き出すまでに少しきっかけを与えてやるのに時間がとられるのが玉にキズではあるものの……それを知っていたからこそ、フェリクスはあのとき、彼女に背中を任せられた。
カタリナは世話の焼ける奴だが、その分、成長していく姿を見ると、こちらまでうれしくなってくる。
いつかあいつの魔法が活かせる世の中に戻るといい、そんなふうに思った。
そして、ケビン――リーゼロッテはそんな世の中に変える力を十二分に持っているし、その意志もある。ならばフェリクスは、全力で助太刀するまでだ。
「さて、そろそろ呼び戻しに行くか」
いつの間にかもう山の隙間から日が顔を出しつつあった。そろそろこのあたりにも活気が出てきて、人がやってくるかもしれない。
「ん……?」
フェリクスが立ち上がり、町の方をふと見ると、なんだか騒がしい。彼は少し胸騒ぎがした。町に近づいていくと、ガタイのいい男たちが集団で駆け回っている。
眼でそれを追ってみると、サバルト銀山と町を慌ただしく行き来しているようだった。