ルテリカ王国物語第三章 変化と成長の兆し◆5

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台地を少し北上したところにあるサバルトは、大幅に街道から逸れたところに位置する落ち着きある田舎町だ。
しかし、付近に鉱山があるため、鉱石の輸出が盛んである。
しかもその鉱石はサバルト近辺特有の〝サバライト鉱石〟あるいは〝サバルト銀〟と呼ばれるもので、希少価値が高い。
よって田舎町にしては珍しく、自給自足をしている民がほとんどいない。金が物を言う王都に近い経済体制になっている。逆に言えば、労働者階級と富裕層がはっきりと分かれていて、表面ばかり小綺麗な町だった。
たいていの男は土や泥にまみれているのが見て取れた。おそらく鉱山にサバルト銀を掘り出しに行く鉱夫たちだろう。この街で一番目にとまるのは、こういう人間だ。
「本当にごく当たり前のように魔女がいるのね」
二番目に視界に多く入るのは魔女たちだった。別にローブのようないかにも魔女でございますといったような格好をしているわけではない。けれども、治癒だったり調理だったりあるいはただの練習だったり、ところどころで魔法を使っている女性がいる。
数こそ多くないが、やはり魔法を行使する者というのは目立つ。
「街道からそれている分、王国兵の巡回回数も少なく設定されてる。あとこの町は医者のいない時期がしばらく続いてるんだ。それで治癒師に頼りきり。だから街全体が魔女を匿ってくれてるんだ」
「まずいな。それは」
フェリクスが真剣な面持ちになって口にした。
彼は医療知識が保管してある脳内の引き出しを漁り、一つの記憶を思い返す。サバルト銀はほんの少しでも常温から温度が高くなると、揮発してしまう特異性を持っている。
そして、この気化したサバルト銀は人体に有害なのだ。魔女の排斥がここまで及んでしまうと、この町の鉱山は封鎖するしかなくなるだろう。
(あるいは……王国はサバルト銀のために、この町を見逃しているのか?)
「そんなこと今はいいわ。酒場で情報収集といきましょ」
思考にふけっていたところをカタリナにさえぎられる。フェリクスは一旦サバルト銀のことは頭の中から追い出し、今後の予定について考えることにした。
「お前は酒が呑みたいだけだろ。まずは宿をとる」
グラスをかたどった看板を見つけるなり目をキラキラさせて酒場に直行しようとするカタリナを、フェリクスが引き止める。向かいの通りを少しいったところに宿屋を見つけて、カタリナを半ば強引に引きずりながら入り口へと向かった。
「一泊で。これで足りるかな?」
ケビンが金貨一枚を取り出して受付台に置く。
ティリスを出立したときの約束通り、旅費はすべてケビンが持つ。よって宿屋の料金はケビンの奢りだ。受付の中年女性とやりとりする彼を見て、フェリクスは元貴族の貫禄というやつをひしひしと感じていた。
「はい。三名様、一部屋でよろしいですか?」
「うん、いいよ」
「待て。二部屋にしておけ」
「どうして二部屋?」
ケビンとカタリナが同時に首を傾げる。後ろで眺めていたカタリナが顔を覗かせて、ケビンも抱いているであろう疑問を口にした。
フェリクスは少しばつが悪そうにしながら返答する。
「男女で同じ部屋に泊まるわけにはいかないだろ」
「私たち別々の部屋に泊まるの!?」
同じベッドで横になれるとばかり思っていたカタリナが、目を見開いて必要以上に大きな声をあげる。二人の会話を見ていたケビンが、いたずらっぽい笑みを浮かべてぽつりと一言。
「へー、そういうの気にするタイプなんだ?」
「別に俺が気にしてるわけじゃない。でも、気にしてやったほうがいいのかなーと」
そう言ってまずカタリナをちら見。そしてさらに続けてケビンに視線を向けた。
「え、僕?」
「いや、一応さ」
これは彼なりの気配りだ。
ケビンと二人との間には、確かな信頼と絆が築かれつつある。しかし、それでも出会って数日も数えない仲なのだ。
野宿のときは仕方なかったとはいえ、素性の知れない男と部屋を共にするのはケビンといえど嫌がるとフェリクスは考えた。とくに相手は仮にも公爵家の令嬢だ。
だからケビンと自分とは別の部屋がいいとフェリクスは思ったのだが――。
よく考えたら自分がとんでもない失言をしていることに気がつく。
彼はケビンのことをおおやけには男子として扱わなければならないことを、完全に失念していた。つまり、ケビンと自分を別室にするなら、男女を理由に部屋分けをしてはいけない。
(やっべ、俺としたことが……だけどどうする? 「ベッドで寝るときくらい夫婦水入らずで寝たいに決まってるだろ」とでも言えばいいのか? 撤回してもいいんだが、なんつーか今更撤回するのも……)
「あのさ……」
フェリクスが悩んでいると、ケビンの表情があからさまな嫌悪に染まる。男装までして隠しているのだから、安易に女だとバレるような行動は慎めという意味だろう。
「あー、いや冗談。ベッドで寝るときくらい夫婦水入らずで寝たいからさ……」
(あーあ。マジで言っちゃったよ)
薄い苦笑を浮かべながら、フェリクスは心のなかで自分にツッコミを入れた。あまりにもケビンの顔が真剣味を帯びていたので気圧されてしまい、口には出すまいと思っていた言葉を思わず口走ってしまった。
「あっ、なるほど。それはそれは……」
腕を組んだケビンが、合点がいったと言うように満足げにうなる。カタリナはというと、その小さな彼のそばで口をパクパクさせながら頬を赤く染め上げている。あたふたしていて落ち着きがない。
「ななな、何言ってんのよフェリクスは!? 私、先に酒場いってくるから!! じゃ!!」
パクパクさせていた口をようやく自分の意思で動かしたカタリナだが、そのまま捨て台詞を吐き捨てて外に出ていき、酒場に直行してしまった。