ルテリカ王国物語第三章 変化と成長の兆し◆3

14

ケビンによれば、この洞窟は巨大な地下トンネルとなってこのシェネット伯爵領にまたがっているらしい。つながっている場所は三箇所で、一つはカタリナたちが暮らしていたティリス街付近……つまりこの洞窟に入るときに使った穴。そしてもう一つは奴隷商売が盛んなセーエングレス付近につながっているという。
ケビンの経路案内に迷いがなかったのはこのためだ。
「他のレジスタンスと連絡が取れないのはどうする? 俺としては、さっさとここを離れるのを進言するけど」
フェリクスがケビンに確認する。
正直、ここで待機して合流を待つのは得策とはいえない。先週の公爵邸襲撃がきっかけで、王国軍がレジスタンスの掃討に力を入れてきた可能性がある。これだけ待ってもレジスタンスの仲間が戻ってこないことを思えば、王国軍と衝突していたメンバーも体制の立て直しが厳しく、どこか遠くへと逃れたと考えるのが妥当だ。
フェリクスたちが王国兵に襲われてから、かれこれ小一時間は経過している。なんとか撒くことができたものの、いつ再襲撃を受けてもおかしくはないのだ。もしかすると、まだ洞窟内に残っているかもしれない。
「元の道に戻るよりは少し遠回りになるけど……少しこの洞窟を南に行くと、サバルト台地に出ることができる」
「サバルトかあ……ちょい東にある草原みたいなとこね」
ケビンが地図を取り出し、カタリナがそれをランプで照らす。ケビンの言うサバルト台地は、いうほど公爵領と伯爵領をつなぐ関所から遠くはない。予定が延びてもせいぜい一晩二晩宿が増えるくらいだろう。少なくとも、セーエングレス側に抜けるよりは早いので、元の予定よりは早く到着できる。
「ティリス市街側に戻るより、そっちにいくのがリスクはないだろうな。もと来た道を戻って兵士と鉢合わせたら最悪だ」
「それに、サバルト台地は王国の干渉も少ないんだ。王国兵と接触するリスクがほとんどないし、台地のそばにある町はまだ魔女に寛容だよ」
「鉱石で有名なあそこだな」
「へー、ならサバルトに向かうのが一番ね!」
カタリナがケビンに同調する。しばらく今後の予定をすり合わせたあと一行は行動を開始することにした。
「で、サバルト台地に向かうと簡単に言うが、この洞窟の中じゃ方角なんてわからないぞ」
行商人や旅人は、街から街へと移動するにあたって空の星を参考に自分の位置を知り、おおよその目的地の方角を確認する。それはフェリクスも変わらない。しかし、この迷宮のような洞窟の中では、星なんて視認できない。
フェリクスは遭難して飲料や食糧が尽きるという、最悪の状況も想定していた。ちなみに、飲料といっても水ではなく、極めて度数の低い酒だ。
「任せて」
自信満々に言うなり、ケビンは水袋を取り出した。その水袋を見て、カタリナが首を傾げている。
「それ水? なんで水なんて持ってるの?」
ルテリカ王国も含め、この地域近辺で手に入る水はほとんどが硬水で、しかも衛生状態が険悪なため飲み水には適さない。よほどの貧乏人でなければ、飲料水といったら子どもでもビールやワインを飲むのが普通だ。なので、水を持ち歩くということ自体、普通はしない。
「何に使うんだ?」
「まあ見ててよ」
ケビンは水袋の口を開いてひっくり返す。少しずつ地面に滴る雫が、小さな水たまりを作った。その場でケビンは、漆黒の闇が伸びる洞窟のさらに奥を指差すように右腕を差し伸ばし、言霊をつむぎ出す。
「〝水よ、風よ、大地よ……生命の源、清らかなる水、進むべき道を示し、我らを導くべし〟」
ケビンの呼びかけに答えた風、地、水の三種の精霊が三色の光となって集い、地面にこぼした水たまりに誘われていく。
すると水たまりが生きているかのようにささやかにうごめき、針のように細い一本の川となって少しずつ流れ始めた。
「お、おお!!」
「ほう」
カタリナが目を輝かせて子どものようにはしゃぐ横、フェリクスは腕を組んでうなっていた。
「下り坂でもないのに……」
「むしろ登ってるな」
「これを追えば出口に着くはずだよ。いこう」