ルテリカ王国物語序章 破ってしまった約束

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今夜、カタリナの母が処刑される。
つい数ヶ月前まで、様々な面で優遇されていたカタリナの母は、国がある政策を打ち出して数日もしないうちに、奴隷に並ぶ扱いを受けることとなった。
〝魔女狩り〟だ。
政府の力が弱い小国では、よく使われる言葉だった。元来の魔女狩りは、魔女の得体の知れない力に恐れた国民が暴動を起こす私刑から始まる。そしてその暴動を政府が抑制できなくなったとき、当たり前のように合法化する。
魔女狩りが始まってもカタリナの母は、その優しさゆえ、なかなか治癒師をやめようとしなかった。
治癒師は、魔法を使って医者には到底手に負えない治療をして各地を回る。職業柄、魔法を使うところが人に見られることは避けられなかったが、患者のみなは国には黙ってくれていた。
だが、そううまい話は何ヶ月と続かなかった。
魔女狩り政策と同時に、魔女という存在そのものに多額の賞金がかけられたからだ。当然それを狙う者も出てくる。貧富の差が激しい国としても有名なルテリカでは、とくにそれが顕著だった。
きっかけは、患者だ。治療を受けた一人の男が、金に目をくらませてカルフォシア公爵に密告した。
カルフォシア公爵は貴族というだけでなく、王より元帥を任されている軍部のトップである。そんなものに逆うなどできるものはおらず、誰一人カタリナの母を助けることはなかった。
皮肉なことに、人助けをしたせいで、カタリナの母は死ぬのである。
処刑の前夜、カタリナの母は魔女としての才能を受け継ぐ娘を逃れさせるため馬車を手配し、別れ際にこんなことを言った。
「カタリナ、よく聞きなさい。あなたは、私のような優しい魔女になってはだめよ。約束して頂戴」
カタリナはなかなか信じることができなかった。
「ほら、カタリナ、約束して」
鬼気迫る表情で繰り返す。
誰にでも優しく、何をするにも労をいとわない謙虚な母が、優しくなってはならないというのだ。
母のような治癒師を目指していたカタリナにとって、あまりにも強すぎる衝撃だった。
「やく……そく……」
そのとき、カタリナは泣いていた。母が死んでしまうからとか、そういう理由ではない何かが心の中に渦巻いていて、言葉にならずに涙となった。
母の知り合いが離れた場所から出発の時間だと呼びかける。
きちんとした約束もできないまま、カタリナの母は去るように促した。
カタリナは涙を荒っぽく拭って、青ざめた月が照らす地面を馬車に向かって駆けていく。
カタリナは結局その意味を理解できないまま、母の知り合いに連れられて街を去った。
火にあぶられる母の姿も、その遺体も見ることができずに。