チキータの遺産第二幕 地方都市ロシュエル◆5

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イラーナに惑わされて味方同士争っている隙に宿から逃げ出したフラビオたちは、鍵を一つ返してもらい、一時的にイラーナのものとなっている自分たちのビークルを走らせていた。ビークルの操縦はイラーナのほうが手慣れているので彼女に任せ、フラビオは助手席側に座っている。
何がどうなっているのかわからない。フラビオはイラーナに説明を求める。
「これはどういう状況なんだ。説明してくれ、全く飲み込めねえ……」
「コラソンは最初から、お前さん達を捕まえるつもりだったみたいだぜー? 仲介の自警団員を通して、コラソンから私に依頼があったのが今朝の話さ」
「今朝……?」
(そういえば、コラソンが長い便所に行っていて……)
朝の出来事を思い出す。ビークルの中にも二人のそばにも見当たらないコラソンをフラビオが探しに行ったのが間違いなく今朝だ。
(そうか……あのときコラソンは便所になんか行っていなかったんだ。すでに自警団員と接触して、俺たちを売っていたんだ)
「アイツ、検問している私の姿を真っ先に見つけただろー? あそこは逃走手段になるビークルを失わせるために、私とアイツで仕組んだんだよ」
「言われてみれば、ビークルを担保に入れたらどうかって提案してきたのは、コラソンだった」
「あー、そうそう。とりあえずこの金貨は一旦返しとく。お前さんたちは、あと銀貨しか残ってないって聞いてるし? ないと困るっしょ」
検問所で頭金としてつけた金貨が、手元に帰ってくる。担保の話を切り出したのはコラソンだったが、それだけじゃ納得しないだろうととっさに判断して、頭金をつけようと考えたのはフラビオだ。運命の分かれ道となったその金貨を眺めて、思ったことを口にした。
「もしかして、この金貨を出さなかったらお前はコラソンに雇われたままだったのか」
「そうだな! お前さんが小金持ちだってこと思い出してなきゃ、今頃借金女に付いて行っちまうところだったわ。サンキュー!」
ニカっと八重歯を覗かせる笑顔は、どこか愛嬌があったような気もしたが、そんなはずがない。言っていることが本当なら、こいつのがめつさは天下一品のもので、金銭的利益でしかものを捉えていないということが改めて分かる。そんな悪魔じみた思考回路でお礼を述べられても嬉しくない……というのが本音だった。
「ところで、今はどこに向かってる? 逃げ道はないんじゃないか?」
ロシュエルの自警団までもが集まってきたということは、これはカシアの指示であることを意味している。ロシュエルにある四つの出入り口のうち全て、ロシュエル自警団が警備しているので、フラビオたちは袋のネズミだ。
「西門だよ。あそこなら通れる。まあ、行ってみればわかるって」
内心、拘束を覚悟していたフラビオが西門に到着して見たものは、辺りにバタバタと倒れているロシュエル自警団員とティスニア帝国兵だった。何者かと争った形跡があるのだが、団員と帝国兵がやりあったようには見えない。
「全員、生きてるよ」
「マルティーニ伯爵がやらせたのか?」
帝国が敵に回っていて、西門が開いているとなると、マルティーニ伯爵がイラーナを使って自分たちを手引きしているとしか考えられなかった。しかし、カシアとマルティーニ伯爵の交友関係は悪くなく、納得のいく理由が導き出せない。
「ロシュエルの町長夫人と伯爵のどっちの味方につこうか迷ってたんだけどよー、お前さんが伯爵側に付きそうだと思ったからこっちに付くことにしたわ」
「じゃあカシアさんは……」
「今さら何を言うつもりなんだい?」
フラビオがイラーナに、カシアがしようとしていたチキータの扱いを訊ねようと考えて口を開いたとき、後ろから声がした。ハイメだった。
「カシアと伯爵家は手を切った。それは明白だよね。でもってコラソンちゃんはカシアに付いて行った。そしてキミは伯爵のほうについていく。いや、そうしなければならないはずだよ」
ハイメの言うことは最もだ。帝国は自治体に自警団を動かすように指示を出すことはできても、それを直接実行させることはできない。自警団を動かす判断を下したのは、まぎれもなくロシュエル自警団現団長のカシアだ。この状況下でカシアに手を貸すということは、チキータを手渡すことを意味する。そんなこと、フラビオにできるわけがなかった。
「そう……だよな」
そこまで考えてコラソンのことが引っかかった。コラソンは、フラビオよりも先に孤児院に入っていた。彼女はチキータよりもカシアが大事だったのだろうか。そんな思いがちくりと胸を刺す。
過去の家族のようなものと今の家族のようなもの、並べるのも躊躇われる二つの大きな選択肢。
(駄目だな、こんなこと考えるべきじゃない)
どっちを選ぶか自分でさえ悩む問題だというのに、他人に同じ選択をして欲しかったなどと考えるのは単なる欲張りを通り越して暴慢だ。ドロドロとした生暖かい感情を奥にしまい込んで、「仕方ない」の一言で納得するしかなかった。