ルテリカ王国物語第三章 成長と変化の兆し◆1

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ケビンが肌寒さに目を覚ます。首だけを起こしてその視界に最初に入ったのは、洞窟の壁を背に自分を看病するカタリナだった。
ケビンはほとんど服を脱がされた状態にある。
地べたが冷たい。薄地の布は敷かれているものの、間接的に土に触れている背中の熱が、少しずつ奪われていくのを感じていた。
「見たね」
ケビンは、できることなら女であることは隠しておきたかった。
「その……ごめんなさい。あなたが撃たれたときにはもう私はテンパってて、なんていうかあの……アレよアレ。フェリクスがあなたの裸を見たのは不可抗力っていうか仕方ないというか……」
「いや、別にフェリクスに見られたことじゃなくてさ……まあ、もういいや」
ケビンはそれだけ言うと首を倒し、楽な姿勢になった。
脇腹に手を当てる。まだズキズキと痛むが、傷はほぼ完全にふさがっていた。医術でここまでの治癒は不可能。なら、これはカタリナによる治癒魔法の結果だろう。
「ケビンは……どうして男の子のフリなんてしてるの? その、ケビンっていうのも呼びにくいっていうか……明らかに男の子の名前だし」
ケビンを男の名で呼ぶことによほど違和感があるのか、カタリナは落ち着かない様子だった。
「貴族っていうのはそういうもんさ。跡継ぎに男の子があまり生まれなかったりすると、女の子を男として育てたりすることがたまにある。まあ、僕はもう慣れたからどうでもいいけどね」
ケビンは心底不愉快だった。もちろんカタリナにもフェリクスにも罪はない。ただ、毎回毎回、性別がバレるたびにいちいち問い詰められるのが面倒で面倒で仕方がない。今更女の子扱いなんて、〝彼〟には一切必要ないのだ。
「悪いけど、僕の名前はケビン。それ以外は持ち合わせてない。あったとしてもそれは秘密」
「秘密、ねえ」
カタリナが声がしたほうを振り返る。フェリクスだった。
フェリクスはケビンの裸体をガン見している。
カタリナはばっと立ち上がって横たえるケビンの前に立ちふさがった。フェリクスもケビンもまったく動じていないのに、なぜか彼女のほうが赤面している。
「ちょちょ、ちょっとあんた! まだ他に怪我してないか見てるところなんだから、男は引っ込んでなさいよ!」
「バーカ。そういう扱いされるほうがこいつは傷つくんだよ。それに、俺は医師として多種多様の老若男女の体を見てるんだ。女の裸見たくらいで何か気を起こしたりはしないっての」
返す言葉がなくなったカタリナが頬を膨らませて、半目でフェリクスを睨みつけた。しかし、フェリクスのほうは気にしていない。
「で、話を戻すが。秘密の一つや二つ構わないさ。人間っていうのは誰だって一つや二つ、そういうものを持ってるもんだ。でもな、それには限度だってあるし、時と場合というものがある」
カタリナが魔女である以上、フェリクスたちにはすべてが敵に見えてしまうので、見知らぬ相手に疑ってかかるのは当然のことである。ケビンがレジスタンスの幹部かどうかさえ未だによくわからない。それどころか、敵か味方かの判断だってしがたいのだ。
もっとも、ケビンに対して緊張感を持っているのはフェリクスだけで、当の魔女であるカタリナはそれほどまで気を張り詰めていないのだが。
「名前どころか性別まで隠されるっていうのは、こっちとしては気分がいいもんじゃない。まったく信用しないってわけではないけども、素性を隠している以上、自分自身の信用をガタ落ちさせてるってことは自覚するんだな」
「……わかってるよ」
ここで、しばらくの間があった。フェリクスが意図的に作った沈黙だ。しかしそれはたかが数秒のことで、フェリクスが次に口を開いた瞬間、何事もなかったかのように流された。
「で、怪我はどうだ?」
ランプの炎に影を揺らめかせながら、フェリクスがすぐそこに座る。彼は表情を一切変えることなく、その肢体に手を伸ばすが――。
「なんのために私が診てると思ってるの!? 私だって治癒師の端くれなんだから!」
「あー、はいはい。わかりましたよ」
フェリクスが肩をすくめて立ち上がり、ケビンが苦笑いする。
ケビン自身はフェリクスに裸体を見られることをまったく気にしていないのだが、カタリナはどうしても自分に任せてほしいらしい。これには意地というかなんというか……フェリクスが他の女性と接触することを拒むヤキモチのような感情が混じっているようだった。
「ケビン。一通り治癒師様の診察が終わったら、俺のとこに来い」
フェリクスは一言そう言い残して、その場から去った。